平成23年2月18日
信勇会 第9回 開催状況
テーマ 「顧客価値の訴求とその定量化」(その3)
現状の価格決定のロジックとはどのようなものなのか?
ディスカッションの状況
現状の価格決定のロジックとはどのようなものなのか?
自費出版という世界では提供するサービスは様々だ。自費出版本を一般書店で平積みさせるところもあるが、その代わり費用は1,200万円もかかる。そのように出版するまでのプロセスも営業も様々であるので、価格設定の範囲は広いといえる。
しかし自費出版の一般的な特徴からすれば、普通の人が手を出せるような範囲で価格設定をするべきだし、自分自身は実際にそうしている。また、他の出版社との比較からも価格を設定している。自分自身はコストの積み上げ方式で価格設定を行っていない。
とはいうものの、実用品のように既に価格が決まっているものは値上げすれば売れなくなる。そのような明らかなロジックが成立するほど、この業界の価格設定に透明性はまだない。
したがって自分自身の価格設定において、透明性を強く打ち出している。業界の価格が分かりにくく敬遠されがちだからこそ、価格をオープンかつ一律にして安心感を与えた。それが他社との差別化になっている。
映像コンテンツを制作しているが、その対象は海外から来る外人が好みそうな伝統ある日本国内のサイトだ。残したい伝統美ともいえる。その意味では、インバウンド向けコンテンツである。最近では浅草のサイトを対象にしたり、多言語版に対応したりしている。また、i-Padやi-Phone向けにもコンテンツを制作しているし、大手鉄道会社のCMも手がけている。
たとえばアクセス数に応じた料金体系などはとっていない。基本的にはコンテンツの売り切りで提供している。その後、必要に応じて無料でコンテンツの更新をしている。ただし人によっては有償で更新をする場合もある。
また、ガンダムなどを対象にした数名限定といったものを高額で提供することもある。
マネジメント・コンサルティングをしているが、今の経済状況を反映しているせいか価格は有ってないようなものだ。仕事に文章作成などの雑用が多く含まれる場合は多いが、ほとんどボランティアでこなしている。あるいは、説明会を3回行えばそれに応じて3倍近くの費用を設定するべきところも我慢している。
そのように顧客の懐具合を考慮して見積もりを変えている。端的にいえば顧客に希望価格を聞くということだ。ただし、価格の設定には2種類があると思う。一つ目は、顧客への入口としての価格設定。二つ目はその後、信頼関係が構築できた際の価格設定。現在は一つ目の入口としての価格設定なので、致し方ない部分があると思う。
とはいうものの、節操なく顧客に応じて価格を変えていくのは良くない。やはり信用に関わることなので、自分なりのベースを持つべきだ。自分なりのベースとは自分自身の稼動見合いということになろうかと思う。
業務対象には得意分野も不得意分野も含まれる。自分の不得意分野が多ければ稼動は増えるので、公平性が担保できないことにもなりかねない。したがって、不得意分野にはアウトソーシングで対応するべきだと思う。
価格設定は相手との信頼関係に大きく依存すると思う。その意味からすれば、やりたい仕事というのは自分を評価してくれる人を相手にするということだ。
保険業界の価格は、組み方でどうにでもなる体系である。また、特に生命保険は価値を理解しにくい商品だと思う。保険では、価格より差別化が重要になる。差別化の要因として、相続など様々な知識や安心と優しさを体現することが挙げられる。今後は人としての優しさに特化していくのが良いと思う。
最近、通販のように代理店を省くことで大幅に保険の価格を下げることができる。代理店を省略することで価格は半額になる。それほど利益率の高い商品である。なぜなら、自動車保険で保険が適用される確率は10年に1回程度、火災保険に至っては人生を3回繰り返して1回ぐらいの割合だからである。
保険には個人向けと法人向けの2種類あるが、ここ最近一般顧客は目が肥えてきたため価格にシビアである。実際に、個人向け価格は徐々に下がっている。そのような状況下で自分としては法人向けにシフトしたいと思っている。
保険の価格は人生における様々な出来事の確率から算出される。現状でも、まだ儲け率は高い。価格がさらに下がる余地はまだある。
システム開発を手がけているが、アプリケーション寄りなのでクリエーターもかかえながら開発している。価格は積み上げ方式で算出しており、以前にはデザイン含めて人月計算により一式いくらで見積もりを提出していた。
受託開発が中心で、現状では人月の稼動単価を下げて見積もりを作っている。その意味からすれば、顧客企業から情報をいかに取ってきて、相手の出方を読むかがポイントになる。
ただし、一旦顧客にシステムを入れてしまえば主導権はこちらで取ることができる。価格決定の主導権を取れる。
また、クラウド(SaaS)型ビジネスも手がけている。利用量ベースの月額料金体系なので変動性だ。その単位はユーザー(ID)数やトラフィック量など様々である。
ただし年間の予算を組みやすいということから、クラウドベースの変動性よりも売り切り(受託開発)ベースの定額制を好む顧客も多い。たとえ年間の支出額が増えることになっても定額制を好む顧客が多いということだ。
クラウドはクライアント端末にアプリケーションやデータを持たせる必要はないため、端末を紛失した際のリスクを低く抑えることができる。その一方で、クラウドは通信環境の悪い場所では全く機能しなくなるというリスクを持つ。
現在はクラウドのようなネットワーク依存型を重視する風潮があるが、いずれ端末依存型に回帰する時が来るかもしれない。それは時代背景と共に、ネットワーク依存型(クラウド)と端末依存型の間を振り子が行ったり来たりするようなものではないだろうか。
LSIの内部構成をプログラムで簡単に変えられるFPGAなどのハードウェア開発に長年携わってきたが、装置の設計や制御技術を次の世代に継承させたいと思っている。装置開発について設計単価は、末端の販売価格というよりも開発にかかる人月計算を基にして算出される。
現実問題として一ついくらではなく、1ヶ月間働いていくらの世界だし、そうでなくてはいけないと思う。とはいうものの、ソフトウェアのように作るステップ数でいくらの世界もあってしかるべきだと思う。
稼動ベースと成果ベースのバランスが大切ではないだろうか。どちらにしても単価が下がっているのが問題だ。従業員の生活を考えればどうやって歯止めをするかが課題である。
同時に、稼動ベースで考えれば個人のノウハウに大きく依存する点が悩ましい。同じ内容でも作業する人の能力によってばらつきが出る。そして全員の稼動単価が同じなら、稼働時間すなわち価格に大きくばらつきが出ることになる。
そのためエンジニアを能力別にグループ分けして稼動単価を調整するという手法もあるが、所詮それは辻褄を合わせることにしかならない。数字を合わせるための道具である。
以前は大手企業の中央研究所で電子機器のプロトタイプの製作や性能評価などの仕事をしていたが、現在は子供や未成年者の更生・社会復帰のお手伝いをしている。保護司にお金を配るなど、資金をいかに配分するかが主な仕事になっている。
以前いた研究所は結果的に赤字であったし、現在いる財団は利益度外視で社会に貢献している。自分たちの労働の原価を考えたり、最終的に製品やサービスにどのように貢献するのか考えたりすることはほとんどない。
したがって予算がとれたから漫然と仕事をするのではなく、一人一人が企業経営をする感覚で、自分の業務に関する原価から業務完成までの全てを数字(P/L表のようなもの)で表せるようにしておくことが望ましい。特に大企業に所属する社員や研究開発に携わる社員は、そのように肝に銘じるべきなのかもしれない。
なお研究開発や社会貢献のような仕事は、短期で成果を出しにくいし、短期で効果を計ることも難しい。そのような中長期の視点で見る必要のあるものを、一概にお金だけに換算して評価するのは、好ましくないと思う。
電気通信の業界向け専門誌と新聞の出版に携わっている。最近ではケミカル系の出版も引き継いだ。化学材料は通信機器のコア部分にも多く使われているので、通信系にケミカル系が加わることでシナジー効果が得られると期待している。
出版業界の価格には時代と共に波がある。また、インターネットの世界を見ればページビューでは厳しいものがある。したがって、昔から踏襲してきた価格をできるだけ引き継げるよう日々努力している。それは出版以外の部分で協業しながらでもマーケットを広げ、発行部数を拡大することだ。
収入には購読収入と広告収入の2種類ある。広告の販売価格すなわち広告単価は発行部数によって上下する。したがって中小規模の出版社は概ね広告依存型であるので、広告効果を上げるための仕組みつくりがポイントになる。
電気通信、特に光ファイバー通信の専門誌ということ自体が既に差別化になっている。今後は電子書籍のようにインターネットを使った情報配信ビジネスも考えているが、成功のポイントは広告だと思う。
ちなみにネット配信ビジネスにおいて配信情報の取捨選択を顧客属性で行うことは、メリットとして現在の電子書籍(特に新聞や雑誌)でも大いに議論されている。しかし本当はその逆で、便利なように見えるだけでデメリットの方が大きいと考えている。機械的に統一された情報だけを知っていても差別化にはならないからだ。
後になってみて、周囲が知らない情報を自分だけが知っていた。あるいは、最初は興味のない分野でも後になって重要な情報だったと気づくこともあるはずだ。そのような情報というのは思わぬところに転がっており、それに気づく機会を失うことにもなりかねないからだ。
現在、地方新聞の広告単価が大きく下がっているので、広告を打ちたい人には狙い目かもしれない。
行政書士として相続など、いろいろな問題の解決に向け尽力しているところだ。価格には、その対象として物と人の2種類があると思う。物を対象としているのなら値下げなどはあってもよいと思う。しかし、人を対象としているのなら値下げは基本的にあってはならない。なぜなら、それは自分自身の価値を自らが低くしているに過ぎないからである。
それは、人が物化しているともいえる。人の問題を解決する手法やアプローチは人それぞれであり、同じということはありえない。解決するにしても、スマートかつ円満に解決する人もいれば、そうでない人もいる。だからこそ価格が違って当然で、それがその人の個性であり価値ということになる。要は人の場合、人の個性や能力を抜きにして価格だけで比較しても意味はないということだ。
価格決定には当然その人なりのルールはあるはずだが、それに加えて人としての優しさもあってしかるべきだと思う。全てを杓子定規に、かつ理詰めで決めても何か割り切れないものが残る場合は多い。それが人間だと思う。
価格決定のみならず顧客価値全般において、デジタルという論理的要素も必要だが、それ以上にアナログという人間的要素の方が大切ではないだろうか。
